だけに「みえる」ものがあるならば

はらたく世界の、かたすみで

「結婚は現実」の本当の意味

「結婚は現実」

それは賢い女性のセリフ。

「行為や愛情はあるが、結婚相手、配偶者としてふさわしいひとなのだろうか」
「たとえ愛情があろうとも、生活をともにするだけの堅実な相手と結婚する方が現実的ではないだろうか」

適齢期の女性なら一度は考えた事はあるのでは。


私は、結婚に関してはとても堅実で現実的だった。

就職して3年目の25歳の時に自ら結婚相談所に入会し、4人目の見合い相手だった
現在の夫と結婚した。理由は簡単、夫が結婚相手にふさわしいと思ったからだ。

だが、誤算があった。

結婚するにあたって、「自分が結婚生活に向いているかどうか」を一度も考えた事がなかったからだ。


まず、異変があったのは一緒に暮らし始めて2か月ほど経ったころ。

自分が毎朝出勤前機嫌が悪いことに気が付いた。

車通勤だったので夫を駅に送り、それから会社へ向かうのだが、車内で夫に対して
ぶっきらぼうでつれない返事をする自分に嫌気がさしていた。

本当はにこやかに会話をして送り出したいのに、現実はワントーン低い声と
眉間にしわの寄った苛立った表情。自分自身に対しても嫌悪感を抱いていた。

それだけでなく、生活の変化と冬の寒さの厳しさからか風呂にも入れずに寝落ちることが多々あった。

気を利かせて起こしてくれる夫に対して毎度私はぶち切れていた。
自分では抑えているつもりだったが、夫には「いつも起こすとキレられる」と言われる始末。

今朝も前の晩の大雪でなかなか進まない車にイライラし、夫が何か話すと無視か
「なんか言った?」とけんか腰だった。あげく、車のキーを間違えて持ち去ろうとして
慌てて戻ってきた夫に凄みながら「返せよ」とキーをひったくってしまった。

どうしてこんなにイライラするのだろう。
夫は別に悪いことはしていないのに。
このままでは離婚もやぶさかではいないし、ましてや子どもなんて絶対に作れない。

どうにも行き詰りつつある。


私は妻としてあるべき姿になれない自分に苦悩している。

理想としていたものと違う、そんな生活の連続に付きまとう
責任と義務感に耐えられるか
女性もまたもう一度考える必要があるだろう。